※結婚直前の吾薫とお付き合い初期~中期の大綾(吾薫出てきません)
※「清水家に結婚の挨拶をしようとするけど大河に言うのは気恥ずかしくてなんとかして予定を入れさせようとシーパラのフリーパス券渡して体よく追っ払った後」という前提のお話(長い)



親愛なる二人へ祝福を




「……清水くん、どうしたの」
 連絡はそれなりに取り合ってはいたものの、こうして会うのは久しぶりだった。最後に会ったのは2か月程前、お姉さんからもらったというフリーパス券を存分に使わせていただいたシーパラダイスでのデート以来である。
 ランニングをしていると由美から聞いて慣れもしない弁当を作り、胸を高鳴らせながら憧れの先輩を待ったあのころのように、綾音は待ち人と会えることを年甲斐もなく心待ちにしていた。
 だが、
「……別に」
「別にじゃないでしょ。何があったの?」
 綾音の待ち合わせの相手――清水大河は彼女と正反対で非常に機嫌が悪いようだ。せっかくのデートだというのに出会い頭にその顔はなんなの、と一言言ってやりたくなったが、普段意味もなくこんな対応をしたりはしない上、一向に視線を合わせようとはしない彼に『何もなかった』はずはないのだ。どうしたものかと考えながら、綾音は大河のもとへと歩みを進めた。
 


 その後、「これからどうしようか」と聞いたが、大河は口をつぐませたままだ。このままでは埒が明かない、とりあえず話を聞こうと判断した綾音は半ば強引に大河の手を取り最寄りのカフェへと足を踏み入れた。彼女が「なんにする?」と尋ねると「……コーヒー」と反応が返ってきた。意思の疎通ができないほど感情に囚われる事態には陥ってないらしいことがわかり、目の前に座る彼に気づかれないよう綾音は小さくため息をつく。店員にブレンドコーヒーとカフェラテを一つずつ注文してから品物が来る間、二人は一言も交わすことなく店内の喧騒に耳を傾けていた。

 お待たせ致しました、と店員が運んできた飲み物を手に取ってカップに口を付けると、二人はようやく今日初めて目を合わせた。

「ごめん」
「ううん。それで、どうしたの?」
 言いたくないなら無理には聞かないけどね、含み笑いをにじませながら綾音が言うと、大河は照れを隠すかのように眉間に皺を寄せて俯いた。「何か思うことがあるならはっきり言ってよ!」と問い詰められてもおかしくないのに、こういうときは待ってくれる。なんだか見透かされているようで居心地が悪い。が、同時に「こいつならいいや」という開き直りにも似た考えに至ってしまうのもまた、大河は自覚していた。
 なんだかんだ、付き合いは長い。恋人という関係になるよりもそれ以前の、それこそ同じ部活動の部員同士から始まったただのチームメイトとしての関係だったころの方がまだまだ長いが、互いの性分を理解するには十分な月日を二人は過ごしてきた。

 それからどちらからともなく話題を変え、それぞれの飲み物を味わいながら他愛もないことを言い合った。今日晴れてよかったね。数日後には天気崩れるってよ。うわーそうなんだ……。何、洗濯物でも溜めてるわけ?ここに来るまでに済ませました!あっそ。……
 時折笑みをこぼしつつ、二人は会わなかった時を埋めるように緩やかに言葉を紡いでいく。

 互いの飲み物が半分ほど減ったところで、大河はぽつぽつと話し始めた。

「この前、シーパラダイス行ったじゃん。姉貴たちからタダでもらったフリーパス券使って」
「うん」
「その日、姉貴が茂野先輩連れてうちに来たみたいでさ」
「うん」
「挨拶したんだと。『薫さんをください』って」

 吾郎と薫の結婚。数年前、あまりのもどかしさに見兼ねて奥手な二人の背中を押したのは大河だった。大河や綾音がまだ聖秀学院高校の生徒だったころのことだ。純情乙女と鈍感野郎の相手は骨が折れると、晴れて恋人同士になったという報告とともに告げた彼はどことなく頬を緩ませていて。相変わらず口が悪く素直じゃないながらも嬉しそうな大河の様子を微笑ましく思いながら、「おめでとう!!」とはしゃいだことを綾音は思い出していた。
 でも今の清水くんは。

「笑っちゃうだろ。母さんから今朝、聞いたんだけどさ。あれから何日経ってんだっつーの」
 ……俺には何も言わねえのかよ。
 独り言のように小さく小さく呟いたその言葉を、綾音は聞き逃さなかった。



 根は真面目で一途な二人のことだ、ゆくゆくは結婚するかもしれない。そう思っていたが、いざこうして目の前に突き付けられると喜びよりも先に込みあげてきたのは喪失感。
 自分の知らされないところで事は動いており、しかも当の本人たちからは秘密にしておくように言われていた、ということに自分でも信じられないほど大河はショックを受けていた。

 それにしてもやっとかよって感じ。まったくこんなんじゃ子ども作んのも適齢期過ぎんじゃねーの、と変わらない調子でいつものごとく嫌味を言う大河だが、その表情は友達から仲間外れにされた子どものようだ。
 ――こんなに寂しそうな清水くん、初めて見た……
「寂しい?」
「はぁ?別にそんなんじゃねーよ」
 別に二人が結婚しようがどうでもいいけどさ、誰のおかげでここまでくっつけたと思ってんだか。お礼の一つや二ついただきたいもんだね。
 ポンポンと飛び出す大河の言葉一つひとつに相槌を打ちながら、綾音は静かに聞く。


 その言葉が二人の結婚を非難しているわけでも、見返りを求めているわけでもないことはよくわかっていた。


「先に言ってほしかったね」
「……」
「清水くんがお姉さんや先輩のことを誰よりも分かってるから、改まって言うのがお二人は照れくさかったんじゃないかな」
「……」
「でも、お二人が清水くんをのけ者にしようだなんてこと、考えてらっしゃらないと思うよ」
「……なんでそう思うわけ」

 綾音は向かい席に座る大河の目をじっと見つめながら、きっぱりと言った。
「だって、清水くんがこんなにお二人のことを気にかけて、大切にしてるんだもん。先輩もお姉さんも絶対に清水くんのことを大切に思ってらっしゃると思うよ」
 高校生のころ、いつまで経っても進展しない二人にそれぞれ発破をかけたことや、その後二人がめでたく恋人同士になったことを小ばかにしながらも嬉しそうに話していたことを綾音は知っている。どうでもよかったら、姉の結婚にこれほどまで心を乱したりはしない。無関心なら、そもそもあの時進展のない二人をけしかけることなどなかったはずだ。大切に想っているからこそ、裏切られたようで悲しいのだろう。

 あの二人のことだ、ひょっとしたらからかわれると思っているのかもしれない。清水くんにも早く、伝えてくださいね、茂野先輩、お姉さん。弟さんはこんなにもお二人を想ってらっしゃるんですよ。



 しばらく俯いて綾音の言葉に耳を傾けていた大河だったが、やがて椅子に大きくもたれかかりながら天井に背伸びをして、深いため息をついた。
「しょーがねーなあ」
 そう言う大河に、先程までの思いつめた雰囲気は感じられない。綾音は遅ればせながら、「ご結婚、おめでとうございます!」と笑いながら言った。



 みんなでお祝いしなきゃね。式挙げんのも相当遅くなるんじゃねーの、これまでがトロかったし。
 


【あとがき】
 その後吾郎と薫ちゃんは大河に結婚の旨を無事に告げてます。きっと色々からかわれるだろうなあ…大河が拗ねたことは二人には伝えないんだろうと思います。優しいよ!
 大河はシスコンだから仲間外れにされて寂しかったんだよというお話を書きたかっただけです。
 吾薫が大河にフリーパス券を渡した話や清水家への吾薫結婚挨拶の話はご想像にお任せします(笑)