見蕩れる一瞬





「清水くん! はいこれ、」
 昼休みの後半、私は今度の土曜日に練習試合として対戦する学校のデータを記したノートを隣の席の彼に手渡した。
「おー。さんきゅ」
 清水くんはノートを受け取るとすぐさまページをめくり、速いスピードでデータを収集していく。さすがキャプテンだなあ、と微笑みながら、カバンから小さなタッパーを取り出した。


「あとこれもよかったら」
「なにこれ」
 彼はノートから目を放し、私の手にあるタッパーの中身を見つめる。
 
「今度の練習試合の差し入れに持っていこうと思って作ったんだけど、試しに食べてもらえないかな」
 タッパーにはみかんやグレープフルーツなどの柑橘系の果物を混ぜてスポーツドリンクで固めた三つのゼリーがある。私はスプーンと一緒にその中の一つを手渡した。

「俺、毒味かよ……」
「毒味だなんてそんな…あはは」
「変なものとか入れてない?」
「入ってません!!」
 うへえ、とげんなりした様子でゼリーを受け取る彼。見るからに『あまり期待はしていない』という顔だ。失礼な。私だって料理ぐらいするもん。

 だけど、一口食べた途端その表情は崩れた。
「……へえ。まあまあいいんじゃない?」
「ほんと!?よかった~」
 じゃあ土曜日全員分持っていくね、と言いながら私はほっと胸をなでおろしてタッパーごと清水くんの机の上に置く。彼は「んーよろしく」と言い、ゼリーを口に運びつつ再びノートに目を落とした。
 

 その間、私はノートを見ながらゼリーを食べる彼をぼんやり眺めていた。
 見てないのに器用だなあ……落とさずスプーンできれいに掬うし……
 そっか、清水くん食べるちょっと口角上がるんだ……なんだかちょっと笑いながら食べてるみたいだなあ……
 唇の動きとか、きれいだなあ…

 次の瞬間、バチッ、と目があってしまった。そこでやっと、私は我に返った。
 ちょっと待って、私何をずっと考えてるの。


「…マネージャー?」
「はいっ!?」
 清水くんは怪訝そうに眉を寄せて私を見ている。いつの間にか渡したゼリーはすべて空になっていた。お気に召してくれたようで嬉しいなと頭の片隅で喜ぶけれど、今はそれどころではない。

「……なに。どったの」
「別にっ! なんでもないです!」
 まさか『ゼリーを食べる清水くんに目を奪われました』なんて言うわけにはいかない。
「隠しても無駄だって」
 マネージャーってばわっかりやすいからさー、と左手で頬杖をついてにやにやしながら清水くんは言う。言うわけにはいかない…絶対からかわれるし、何より恥ずかしい。

「穴開くくらい俺のこと見てたじゃん。もしかして見とれてたわけ?」
「ええっ!? いやっ! そんなつもりはっ!」
 顔が熱い。みっともなく腕をぶんぶん振りながらなんとかごまかそうとするものの、言えば言うほど『その通り』だと強調しているみたいで。結局、「……そうだよ」と目をそらしながら小さく呟いて白状した。もう、なんで嘘がつけないの。
 清水くんの顔が見られない。見たら馬鹿にされるに決まっている。
 
 しかしいつまで経っても何も返答がないので、私は耐えきれずにちらりと清水くんを見てしまった。
 そこには、私の予想に反して「はー……」とため息をつきながら、
「……マジかよ……冗談だったのに……」
 と、左手で顔を覆う彼がいた。手で隠しきれなかった耳が、ほんのり赤くなっている。
 それに気づいた私には、ただでさえ赤いであろう頬にさらに熱が集まるのがわかった。
「なんで清水くんが照れるのよ!」
「うるさい! 元はと言えばマネージャーのせいだろ!」
 多分周りから見たら相当滑稽な様子に映っているだろうが、私たちに周りを見渡す余裕はない。


 もうすぐ授業が始まるのに、私も清水くんもすぐに熱い頬を冷やすことも、気持ちを落ち着かせることもできなさそうだ。