泣き虫の退治法

 

 




 マネージャーが佐藤さんと会うときは、決まって俺のところに連絡が入る。
「こっ、今度佐藤先輩と会うんだけど……お願いできるかな」



「私、先輩のそばにいてもいいのかな」
「そんなん、付き合ってんだからいいに決まってるっしょ。てか本人に聞きゃあいいじゃん。俺は佐藤さんじゃねえ」
 俺はマネージャーの髪の一部を結いながら、手を止めることなくマネージャーと話す。
「それはそうだけど! ……私だけが好きなんじゃないかって思っちゃって……」
 最後のほうは声を少し震わせ、彼女は首を垂らした。

 俺は盛大にため息をついた。
 ほら泣くなって。メイク崩れんだろ。



 10年くらい片想いしてようやく実らせられたことに、マネージャーがいまいち実感がわいていないのは佐藤さんと付き合い始めてからずっとのようだ。まあ無理もないだろうけど。
 うちの姉貴達なんか俺が突っつかなかったら今でも付き合えていたかどうかわからない。でもアンタはこつこつ自分で佐藤さんに気持ちを伝え続けてきた。そしてとうとう、その一途さも想いも行為も報われたのだから。マネージャーは自ら幸せをつかみ取ったのだ。すげーよ。あのうじうじ夫婦にも見習ってもらいたい。全くもって。


「あのさあ、アンタ元は結構いいんだから大丈夫だっつーの。しかも俺が手入れてんだからなおさらよくなってるって。」
 俺は彼女の髪の毛から目を放し、鏡に映る不安いっぱいの顔を見つめた。
「大体、釣り合わないわけねーじゃん。アンタがどんだけ好きかってのは、佐藤さんにも伝わってるっしょ。その証拠に、時間はかかったけど佐藤さんだってアンタを選んだんだからさ。10年近く佐藤さんを追いかけて捕まえた執念を思い出せって」

 目に涙を溜めたままの状態でマネージャーは顔を上げた。
「執念って言わないでよ」
「じゃあ根性」
 根性……、彼女はむう、と眉を寄せて頬を軽く膨らませる。はいおしまい、と声をかけた。

「外も内も、アンタは最高だって。俺が保証する。この俺が言うんだから間違いない」
 なんでそんなに自信満々なのよ、と彼女はこぼすが無視することにした。うるせーな、柄にもないことを言ってるのは分かってるよ。
「それはスタイリストから見て?」
「ちげーよ。元聖秀野球部キャプテン『清水大河』として」
 そこまで言ってやっと、マネージャーは潤んだ目を細めた。
「そうだね。清水キャプテンが言うなら間違いないよね」

「でも清水くん、『キャプテン』としてももちろんだけど、私は『清水くん』だって信じられるよ」
「そりゃどうも」
 俺は口元を緩ませた。ほら、時間に遅れる。と声をかけるとマネージャーは慌てて店内の時計を見た。


「マネージャー!」
 俺は精算を終わらせて駈け出そうとする彼女を呼び止めた。
「俺も、どっちも信じられっから」
 『マネージャー』も『鈴木綾音』も、どちらも。
 マネージャーはびっくりしたように目を見開いたが、すぐに嬉しそうに手を振って店のドアから出て行った。

 さっきの泣きそうな顔なんかより、やっぱりあいつには笑った顔がよく似合う。