心のつかい
カーン、と切れの良い音が鳴り響き、青い空に白いボールがぽっかりと浮かび上がる。
――あ……!
ボールを目で追うよりも先に、私の目はグラウンドに立つ清水くんの姿をとらえた。
驚き、そして焦り。顔はボールに向けられて見えないけれど、きっとそんな表情を浮かべているのだろう。
越えるな、越えるな、越えるな、越えるな……
聖秀側の必死の思いが通じたのか、ボールはそのままセンターで処理され、アウト。
ぴぃんと聖秀ナインを包み込んでいた雰囲気が、一瞬にして安堵という柔らかなものへと変化する。スリーアウト、チェンジ。みんなが一斉にベンチへと戻ってきた。
不安、緊張、焦り、興奮、歓喜……無表情な者は誰もいない。教室ではクールそうな、それでいて気だるそうなポーカーフェイスを崩さない清水くんも例外ではなかった。
「何笑ってんの」
いつの間にか隣に座っていた清水くんが、呆れ顔で私に話しかける。
「ニヤニヤして。何、どうせ変なことでも考えてたんだろ」
「そんな訳ないでしょ! 別に何も考えてないもん!」
「フーン。あやしー」
試合での緊張が見え隠れする呆れ顔が、くすくすと笑うことで変化していく。こわばった顔が、少しだけほぐれたような気がした。
しかし、それも長くは続かない。
「キャプテン、次打席っすよ!」
「あーハイハイ。すぐ行く」
後輩からの声掛けに対して飄々と答えた口調とは裏腹に、どんどん張り詰められた表情へと変化していく。
キャプテンとして聖秀を引っ張るため、これまでにどれほどの雰囲気を作ってきたのだろう。清水くんの背負うものの大きさを近くで見つめてきた私は顔を少しだけ歪ませる。しかしすぐに息を吸い込んだ。私は、キャプテンから、聖秀から目をそらしたりしない。どんなみんなも後ろから見続けていくんだ。
「大丈夫、きっと大丈夫」
この言葉を私は何度も呪文のように繰り返してきた。何を根拠にそんなことを言うの。意味なんて、あるのかな。そう思うこともあった。けれどもこの言葉はただの祈りの言葉じゃない。
「清水くん! ファイトー!」
私はスコアブックを太ももの上に置き、ガッツポーズを作って声を張り上げた。たったこれだけのことだったけれど、清水くんは硬くなった表情を崩し、普段教室では見せないような笑顔を残してベンチから駈け出した。
大丈夫、絶対に大丈夫。それは確かな肯定、そして「信じてる」という気持ち。
不安も緊張も焦りも、きっと私たちが目指す夢へとつながっているから。
バッターボックスに立ってバットを構える清水くんが、とてもまぶしい。