夕飯よりも、




「ただいま」
「おかえりなさーい」
 早かったね、と言う彼女は料理の最中だからか長い髪を一つにまとめており、動きに合わせてちょこちょこと揺らしている。
「ごめん、まだ出来てなくて。もうすぐだから」
 油から取り出したきつね色のコロッケを皿に盛りつけながら、慌ただしく準備を進める彼女。

 お茶碗にご飯よそって並べてて。俺はその言葉には返さず手元に集中する彼女のもとへと寄って、皿に並べられたコロッケを一つつかんで口に運ぶ。
「あっ! ちょっと! つまみ食いしないでよ」
「つまみ食いじゃなくて味見」
「同じようなもんでしょ! もう。あなたの分から一つ減らしますのでそのつもりで」
「いいじゃんこんだけあんだから。ケチ」
「明日のお弁当の分もあるの!」
 彼女はむう、と唇をとがらせながら再び目線を皿に移す。

 それならばとコロッケを半分ほど食べ終え、盛り付けを終えて食器を洗う彼女の隣へ立つ。
「綾音。ちょっと口開けて」
「こう? ……っ!?」
 なんのためらいもなく素直に顔を上げた彼女へ、俺は有無を言わさず食べかけのコロッケを口元へと押し込んだ。意図せず彼女の柔らかい唇に触れてしまい、一瞬鼓動が早くなってしまったことに腹が立つ。
 くそっ。何年こいつといるんだよ俺は。

「んむー! はいふんほお!」
「味見してなかったろ。ご感想は」
「…………うん、ちゃんと火が通っててよかった」
 もぐもぐと口を動かしながら、安心したように彼女は笑った。
 じゃあ半分こってことで、俺の分ちゃんと乗っけといて。と油のついた指をなめながら片づけをするためにテーブルへと足を進めた。

 台所から「食い意地が張ってるなあ」とか「そんなにお腹すいてるなんて」という声が聞こえるが、見当違いもいいところだ。
 別に食い意地が張っているわけでも、つまみ食いをするほど腹が減っているわけでもない。ただ彼女があまりにも料理に集中しているから、少しだけちょっかいを出したくなっただけだ。

 ……俺の方を見てほしかったというわけではない、断じてない。