なんでもないったら
グラウンドでの笑顔が、目に焼き付いて離れない。
「……鈴木さん?」
はっとして声の聞こえる方へ向くと、キャプテンが挨拶をしている後方でともに待機している山田先生が心配そうに私を見ていた。
「どうかしましたか?」
「あっ……いえ、なんでもないです。すみません」
「ならいいのですが……」
山田先生は軽く首をかしげたが、すぐに前方の彼の方へ顔を向けた。
練習が終わったからといって、まだ部活が終わったわけではない。集中しろ、私。
普段は喜怒哀楽をわかりやすく表に出すことのないポーカーフェイス。クラスメイトの女の子達は「そんなところがかっこいい」と好きになるけれど、その表情がグラウンドでは崩れることを、彼女たちは知る由もない。
グラウンドでこぼれる笑顔があまりにまぶしいから、
――あんな風に、笑ってくれたらいいのに。
いつ、何に……誰に対して笑ってほしいのかを明確に浮かべてしまう前に、私は大きくかぶりを振った。
一体何を望むというのだろう。私と彼は同じ部活の仲間という関係でしかないのに。
キャプテンとなった彼が背負ったものは私などが想像できるものではない。彼がどんな思いで聖秀野球部をまとめ、引っ張ってきたのか、同期である私と服部くんが一番知っている。
胸の鼓動の速さとか。なんともない彼の言動に一喜一憂してしまうこととか。視線が合うとそらしてしまいそうになるくせに気づけば目で追ってしまうこととか。そんなものは今はいらない。
私が、彼を?……そんな想いは邪魔だ。
際限なく生まれる想いがこれ以上膨れ上がってしまわないように、きつく蓋をしなければ。少なくとも、最後の夏が始まろうとしている今は。
私は手をきつく握りしめ、気持ちを切り替えようと今もなお明日の予定などを部員に話す彼の背中を睨みつける。
私は聖秀野球部のマネージャーだ。
野球部の最も大事なこの時期を乱すことは……夢をつかみ取ろうとするキャプテンの邪魔することは、誰よりも私自身が許さない。
【補足】
元は「3.見蕩れる一瞬」として書いてたけどお題とかけ離れすぎていると思ってボツにしたものです。貧乏性だから再利用しちゃったけどこれもお題詐欺な気がする…まあいいや…
「聖秀が大好きで大切だから」という理由だけではなく、大河は自分以上に「聖秀」を大切な場所ととらえているだろうと考えたから、想いが報われようと報われまいと今この時期に彼の邪魔をしてしまうことを恐れた綾音ちゃんが選択するお話。