いっしょにたべよう





「ただいまあ」
「おけーりー」
 玄関の扉を開けると柔らかな照明がすでに点けられており、奥からハスキーがかった低い彼の声が響いた。今日は大河くんが早かったんだ。夕飯の献立をどうしようかと気を張っていた私はその瞬間にぷつりと糸が切れてしまった。

「つっかれた~~」
 身体が鉛のように重い。棒のような足を引きずって、着替えることなく私はテーブルに突っ伏した。
「飯は?」
「……ごめん、クタクタであまり食欲ない……」
 せっかく作ったんですけど、と少し機嫌が悪そうに言いつつ彼は私の分まで手際良くよそっていく。
「でもなんか腹に入れとかないとキツイんじゃねーの」
 そうなんだけど~、と上体を起こしながら重い頭を手で支える。正直なところ、今はご飯よりも布団が恋しい。

 そんな私に構うことなく、彼は「飯の匂い嗅いだら食べたくなってくるだろ」とテーブルへ運んできた。どうやっても食べさせる気らしい。
「ほれほれ」
 彼はにやりとしながら大皿に盛られた料理を私の顔に近づける。ちょっとどけてよ、とムッとしながら言おうとするものの、匂いにつられて大皿を見つめてしまい無意識のうちに「おいしそう」という言葉が口からこぼれた。先程まで感じることのなかった空腹感が急速に襲ってきて、「ぐうう」と腹の虫が鳴る。お腹を押さえて音をかき消そうとするも、時すでに遅し。「ほーらな」と彼は得意げに笑い、大皿をテーブルに置いた。
 私の体はなぜこうも単純なのだろう。彼の思い通りの展開になってしまったことが悔しくて軽くにらもうとするが、それよりも早く私の頭の上に彼の手が置かれた。料理の匂いに混じって、かすかに整髪料の香りがした。
「お勤めごくろーさん」
 頭に感じる暖かさとその言葉に、心身ともに包み込んでいた疲れも先程までの悔しさもぐずぐずと溶けてしまう。
 心も体も、ご飯と彼とで満足してしまう私はやっぱり単純だ。
 
「大河くんこそ」
 仕事終わりなのに作ってくれて、と言えば、「別に俺の方が早かっただけだし」とか「次はお前が作れよ」なんて返されたけれど、そのどれもが照れ隠しであることを私は知っている。相変わらず優しくて素直じゃないなあ。
 にこにこと笑みを浮かべる私に彼は「なんだよ」と顔をしかめたけれど、どこ吹く風というように「なんでもないよ」と返した。

「あー! お腹すいた!」
「単純」
「い、言われなくてもわかってるよ」
 テーブルにて品を並べ、向かい合って座ると私たちは両手を胸の前に合わせた。
「いただきます」