家までの距離がなんと遠いことか。駅から自宅まで時間にして徒歩15分という距離ではあるものの、かれこれ1時間以上歩いている気がする。

 仕事での最近の度重なる失敗をぐるぐると思い返しては心に暗雲が広がっていく。「このままでは駄目だ」と思考が悪い方へ悪い方へと向かってしまうのを自覚しながらも、今の自分ではどうにも太刀打ちできないことは誰よりも分かっていた。こういう時はさっさと帰って布団にくるまるに限る。しかし、自宅までの最後の四つ角を曲がってのろのろと重い体を引きずりながらふと家を見上げた途端、足が止まってしまった。

 

 灯りがついている。

 ――そうだった。俺にはあいつがいるんだ。

 くそ、早く帰りたいのに。あんなにも早く帰って寝てしまいたいと思っていたのに。今家の扉を開いたら、部屋に灯る明かりを身に受けたら、あいつの「おかえり」を聞いたら、いつもと変わらずに迎えてくれるその姿を目にしたら。それらの温かさにぐずぐずと溶かされてしまうだろう。泣いて、しまうだろう。

 それはまずい。よく言えば他人想いな、悪く言えばお節介な彼女がこの体たらくを目の当たりにすれば心配するに決まっている。何より、こんなのガラじゃない。恥ずかしいだろ。

 脳裏に浮かんだ笑顔は彼女に気づかれることがないよう、深呼吸をして再び足を前に出す。

 ――帰ろう。

 先程よりも軽くなった足取りで、俺は家路を急いだ。全身に鉛でも身に着けているのではないかと錯覚しそうになっていた先程とは大違いだ。心なしか、地面から数センチ浮かんでいるかのようにふわふわとしており、地面を蹴っても手ごたえを感じない。それに少しだけ焦りを感じながらも、着実に前へと進んでいく。もうすぐ近くに、それは目の前にある。

「ただいま」

 

 変わらぬ灯りに身を寄せて、この手に。

 

 

 

仕事で疲れ切った帰り道、家の明かりが灯っているのを見て不意に泣きたくなった(相手には絶対言わないが)」