二人の灯台
空にかざした左手の、逆光で影になる中で薬指の付け根だけが細い光に包まれる。ふとあなたの左手薬指を見れば、同じく陽の光に反射し真っ白く輝いていた。
職業柄、私達の休みが重なることは極端に少ない。だからこそ「せっかくの休日なのだから時間をかけすぎるのは勿体ない」とあらかじめ雑誌やインターネットで目星をつけてショップへ赴いたというのに、何だかんだと休日の半分の時間を費やして購入した。
納得のいくものを購入できるように「こちらのデザインはいかがでしょう?」と様々なデザインのものを見せていただき、優柔不断な私達に根気強くお付き合いくださったショップの店員さんにはご迷惑をおかけしてしまったと、今でも申し訳なく思っている。
そして数ヵ月後、注文していた商品が無事仕上がったと連絡を受け、引き取って指に通したのがたった十数分前のこと。
つい先程までは存在していなかったというのに、まるでずっと前から輝きを放っていたかのごとくぴったりと収まっているそれ。至ってシンプルなデザインは当初の購入予定のものとは違うけれど、事あるごとに生き急いだり背伸びをしてスマートに立ち振舞おうとしたりする私達に「ありのままでいいんだよ」と声をかけられているかのようで、かえって私をほっとさせた。けれどもそれ以上に安心感を抱かせたのは、指に纏う細い光と、隣で表情を柔らかく崩したあなたの存在だった。
デザインなんて、結局は何でもよかったのかも。
互いの左手薬指に同じ輝きがあることと、私だけでなくあなたもそれを吉しとしているたことの方が、何よりも重要だった。
これまでも幾度となくいざこざを繰り返しては傷つけ合って、その度に時間をかけて想いを通わせあってきた。そしてこれからも常にひだまりの中でまどろめるような穏やかな時ばかりではないだろうし、押し寄せる闇にのまれることだってあるかもしれない。
上手く生きるための術を持たない、不器用で回り道ばかりの私達。それでも真っ白く浮かび上がる、細くけれどもたしかなこの輝きを道標に前へ進んでいく。
互いに向き合うだけじゃなく、移り行く時の中で同じ方向を向く。そうやって、一緒に歩んでいくんだね。
「また見てんの?」
半ば呆れながらあなたに声をかけられるけれど、胸の内にわき上がるこの温かさを前にしてはどうしようもない。言葉にならずに「えへへ」と笑えば、あなたは微かに頬を染めつつ眉間に小さな皺を寄せて視線を逸らした。でも、そうしないうちに「ふっ」と口許を緩めることを私は知っている。
この一連の会話も今日で何度目になるだろう。端から見れば一体何をやっているのかと失笑されてしまうかもしれないし、いつかわからない未来の先で振り返った時に「よっぽど浮かれてたんだろうな」と内心恥ずかしく思うのかもしれない。あなただってもしかすると、有頂天になっている私にただ付き合ってくれているだけなのかもしれない。
そんな思いが頭の隅に無いわけではないけれど、それでも尚飽きもせず、私達は繰り返す。今日くらいはいいよね。あなたと私、同じ光を抱いているのだから。あの日のあなたの言葉に、その表情に、そのぬくもりに、変わらず同じ想いを重ねられているのだから。
そうして何度目かもわからないこのやり取りの後にまた、あなたと微笑んだ。
【補足】
脳内BGMは池田綾子さん/手嶌葵さんの「この瞬間を」です。本当に素敵な楽曲なのでぜひお聴きください~~~!