君の分も背負う覚悟くらい




「はじまるね」
「ああ」
 対戦校が練習をする間、二人はベンチに入ってその様子を見ていた。緊張は、多少ある。けれどもそれ以上に、これから始まる戦いに胸を躍らせていた。


 綾音は隣に立つ大河をこっそりと盗み見る。
 大河がキャプテンとなって、約2年。最初は吾郎から引き継ぐことに対して大きな重圧を感じたり、後輩とのやり取りに苛立ったりしたこともあった。それでも、彼の不器用ながらもキャプテンとしてみんなと向き合ったからこそ、今自信をもってここに立っている。

 清水くんが抱え込んでいる周囲からの期待や不安、重圧も何もかもを分け合うことなど出来はしないけれど、
 ――一緒に背負う覚悟くらいならば、
「……とっくにできてるよ」
「何? 何か言った?」
「ううん。別に何も」
 変な奴、まあ知ってたけど。と大河が言えば、変って何よ!と間をおかずに綾音は返す。それでも二人の雰囲気は柔らかいもので、戦う前のただ穏やかな時間を味わっているようだった。


「マネージャー」
「ん?」
「俺達、絶対勝つから。そして今度こそ海堂をぶっ潰してやる」
「うん! 絶対ね」
 私は戦うことはできないけれど、ここでみんなを見守ってるから。そう綾音が伝えると、大河は「はあ!?」と素っ頓狂な声をだして、笑った。
「何言ってんだよ。アンタもずっと一緒に戦ってんじゃん」

 美保の引退後、部員一人ひとりのサポートに徹した綾音。三年生になってからは部員の増加に伴って仕事量も増えたが、マネージャーである綾音が一人でこなしていた。大変だっただろうに、それでも泣き言一つ言わなかった。いつだって綾音は笑っていた。

 「聖秀野球部が好きだから」という彼女のその想いが決して生半可なものではないことは、キャプテンの大河が誰よりも知っている。
 アンタはいつも一緒だったよ。それはこれからだって変わらない。



 兼ねてから掲げている目標も、心に住み着く不安も。『打倒海堂』という一年生のあの夏から見出した夢から生まれたものであるから、重く感じることはあれど捨ててしまうことはしなかった。

 「キャプテンとしてみんなを引っ張っていくことができるのか」「マネージャーとしてみんなをサポートできているか」などという不安に囚われることは、もうない。胸にあるのは『いつまでもみんなと一緒に夢を見たい』という願いだけだ。この願いを叶えるためなら、なんだってできる。
 


「集合!」
 号令がかかった。わらわらと向かう部員に混じって駈け出す大河とベンチにて皆を見送る綾音の視線が一瞬だけ合う。しかしすぐにどちらからともなく外して、前方へと向けた。


 時間だ。一回戦、屋城対聖秀の戦い。
 最後の夏が、始まる。